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こんにちわ岡崎市で喫茶店と居酒屋をやっている喫茶寿木のフミです。

最近、男らしさって何だろうって考えるときがあります。

 

僕の知ってる人で男らしいっていうのは漢字も”漢”って書くのですが、

いつもは周りを楽しませてくれるように笑っているけどいざという時には
誰よりも心配してくれて誰よりも怒ってくれる人。

 

それだけではなくてその後も大きく見える背中で語ってくれる人のこと。

 

んー文字であらわすと難しいですけど、別に会社の社長さんだから漢とかではなく
人として兄貴肌というかしっかり信念を持ってる人が漢らしく見えます。

 

それでその人たちに共通するのが家族を第一に大切にし、仲間を大事にしてる気がします。

 

逆に自分が選んで結婚したパートナーも大切にできず他所で愚痴を言ってたり、
子供のいざという時に奥さんに任せるような人はまず自分が優先で一番は自分。

 

そんな人が後輩や周りに何を言っても説得力の欠片もないし心に響くことはありません。

 

それもそのはずですよね?

 

自分の都合のいいことばかりを相手に押し付けて人の話を聞かないのですから。

これでは漢とは呼べません。

 

しかも漢と呼ばれる人の周りの環境はいつも明るい雰囲気がします。

 

誰かの悪口やひがみに妬みなどのマイナスな話は一切ですに、むしろそんな話が出るものなら
「その話は本人もいないしこれ以上盛り上がらないからやめようぜ」と心地よい雰囲気にしてくれます。

 

そんな漢になりたいなと思うようになったのもここ一年くらい。

 

今までは自分は自分らしくと思ってきましたが、叱ってもらったりアドバイスを貰っていい方向に向かってきたことで、
僕も子供たちに漢として背中を見せれるようになれたらと想うようになりました。

 

そもそも子供と奥さんは一番自分のことを見ています。

 

例えば

■外では偉そうに威張ってガヤガヤ言ってる。

■休みの日はいつもパチンコ。

■家にいてもゴロゴロしてるだけ。

■家族に手を上げる。

■能書きだけいって何もしない。

 

こんなことばかりしていたらいざという時に父親としての威厳もクソもあったもんじゃありません。

もう背中が透けて見えて漢とは遠い存在になってしまいますよね。

 

つまり何が言いたいかというと子供からしたら親というものは
初めて見る大人であり、人生の先生でもあります。

 

親がいなくても子は育つとも言いますが親が見捨てるから子供は違う場所で学習するのです。

それがいい方向にいけばいいだけの話ですが現状はそうもいきません。

世間には悪い人たちが沢山いて無知な人間をうまく利用して駒のように扱うやつらなんてゴマンといます。

 

でも子供たちは「お前らが俺をこうした」と間違った道に歩んでいることを正当化することに対して何を言えるのでしょう。

 

この話の延長ではありませんが昔は頑固おやじとか他人の子供を悪いことは悪いと叱ってくれる
漢といわれる頑固おやじがいました。

 

しかし今の時代、何か言えば動画で流す。何か言えば親が出てきて過保護にかばう。

仕舞いには学校も知らない人が挨拶しても無視しなさいと教育してるくらい。

 

別に嫌われ者になってもいいじゃないですか?

100人いたら100人に好かれるなんて神か仏くらいでしょ。

 

だったら僕は嫌われる漢になりたいと思えるからこそ人生の先輩方の背中を見て
もっと頑張ろと何でも行動に移せるようになったのかもしれません。

 

 

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